2004年09月30日

ホリルードハウス宮殿とホリルード・アビー

ロイヤル・マイルを下った東の終点に位置するのが、現在もイギリス王室の宮殿として使用されているホリルードハウス宮殿。
こちらの内部は、入場料8ポンド(約1600円)で見学できます。

ホリルードハウス宮殿

この宮殿は、悲劇のスコットランド女王・メアリー・スチュアートについての逸話が多いことで有名です。

1542年、リンリスゴー宮殿で生まれたメアリーは、父ジェームス5世の死により、生後6日でスコットランド女王に即位。
その後、一度はフランス王妃となるものの、夫フランソワ2世の病死により帰国しました。

ここでは、1566年3月9日、この宮殿で食事中に、愛人のリッチオが刺し殺されるという事件が起きた部屋も実際に見ることができます。
これにより、メアリーは流産の危機を迎えましたが、6月19日、無事に、後のスコットランド及びイングランド王・ジェームス6世(イングランドではジェームス1世)を出産したそうです。
ジェームス6世以降、イングランドとスコットランドは同じ人物を王とするようになり、1707年の議会の併合により、正式に連合王国の誕生となります。

また、ここのもう一つの見所がグレート・ギャラリー。
89人の歴代スコットランド王の肖像画は圧巻です。

そして下の写真が中庭。
こちらもなかなか優雅です。

中庭

さらに下の写真は、隣接するホリルード・アビー。

ホリルード修道院

今は廃墟となっていますが、12世紀にデビッド1世によって建てられ、ここには歴代のスコットランド王が埋葬されています。
またここは、すでに廃墟となっていた1829年にこの地を訪れたメンデルスゾーンが、もの悲しげな「スコットランド交響曲」を着想した地でもあるそうです。

薄日のさす廃墟のまん中に立つと、スコットランドの悲劇的な歴史の積み重ねを少しだけ肌で感じられたような気がしました。



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2004年09月29日

ロイヤル・マイルとその周辺

つづいては、エディンバラ城を基点とする長い通り、ロイヤル・マイルを東へ。
坂を下りていくと、下の写真のセント・ジャイルズ大聖堂やジョン・ノックスの像などなど、数多くの歴史的建築物が見ることができます。

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この教会は中もすばらしく幻想的でした。

下の写真は、町を見下ろすカールトン・ヒルにあるナショナル・モニュメント。

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ナポレオン戦での戦没者記念モニュメントとして建設されたものの、予算が足りなくなり、途中でストップした状態なのだそうです。へんなの・・・。
お金が足りないことくらい、もっと早く気付けよ!と言いたくなります。

そしてストリート沿いには、キルトやタータンスカート等のお店がたくさんあって、見て回るだけでも結構楽しい♪

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でも、ロンドンと違い、さすがにマネキンに乳首は無かったです(笑)
まあ、タータンがそんなにセクシ〜でも困るけど・・・。

僕も思わずこれをはいてみたい衝動に駆られましたが、すんでのところで思いとどまってしまいました。
今から思えば、試着だけでもしておけばよかったかもしれません。
でもその前に、まずはムダ毛を処理しないと・・・(笑)

それにしてもこの町は本当に坂が多くて、短距離を歩くだけでも結構疲れました。

さてさて、たった2泊3日のスコットランド旅行だったのに、そろそろさすがに引き伸ばしすぎ・・・、という気もしてきましたが、気にせずさらに次回へと続きます・・・(笑)



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2004年09月28日

捕虜収容所としてのエディンバラ城

エディンバラ城は、内戦や、スコットランドとイングランドの間の戦いの中で、幾度も激しい攻防が繰り広げられた波乱の歴史を持つ地。

1745年には、スコットランドのジャコバイト軍とステュアート家の末裔であるチャールズ・ステュアートが蜂起した反乱によって攻撃を受けましたが、それを最後に、戦闘の舞台となることはなくなりました。

ではその後は・・・、というと、なんとアメリカ独立戦争などの際の戦争捕虜の収容所として使われたんだそうです。
1781年以降、フランス、オランダ、ドイツ、アイルランド、スペイン、アメリカ人など、千人近い捕虜が収容されていたとのこと。

下の写真のように、場内には当時の様子を再現した部屋までありました。

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この展示は、今年6月に新しくできたばかりとのことですが、いきなりどこからともなく大きないびきが聞こえてきたり、「うるさくてねむれねーよ!」などと捕虜同士が言い争いをしていたり、なんて凝った仕掛けがあって、ちょっと愉快な展示です。

他にも、第一次及び第二次大戦の戦争関連の展示もたくさんありました。
いろいろありすぎて、ちょっとうんざりしてしまうかも知れませんが、中には、ビルマ戦線で戦利品(?)として持ち帰った日の丸の展示や、「とんでもない日本軍によってイギリス捕虜がこんなひどい仕打ちを受けた〜」なんて展示まであります。
それじゃあ、米英軍がイラク人捕虜にやっていることは何なんだ・・・、とも言いたくなりますが、まあ、戦争なんて所詮はそんなものなのかもしれません。



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2004年09月27日

エディンバラ城と運命の石

エディンバラの町の中心地・エディンバラ城からホリルードハウス宮殿にいたる1マイルの坂道は、ロイヤル・マイルと呼ばれていて、見所がたくさんです。

とりあえずは、坂のてっぺんにあるエディンバラ城へ。

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この城は、キャッスルロックといわれる巨大な岩山の上に築かれていて、まさに中世の巨大な天然の要塞といった感じ。
幾多の戦闘と破壊、そして増改築を経験してきただけあって、時代劇の世界そのものです。

入場料は8ポンド(約1600円)。
城内は、戦没者記念堂、王宮のほか、戦争博物館など数々の小さなミュージアムが散在するような造りになっていて、ひととおり見て回るだけでかなりの時間がかかります。

下の写真は、ルネッサンス期に作られたグレート・ホール内の展示。
大きな梁天井の建物の中に、鎧などがたくさん飾られていて、なかなか趣がありました。

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そして、同城の一番の見所は、なんといっても「運命の石」(ストーン・オブ・デスティニ−)です。
この日は肌寒かった上に朝から断続的に強い風雨に見舞われていたため、観光客はそれほど多くはなかったのですが、ここだけは長〜い行列ができていました。

運命の石は、古来からスコットランド王の即位式において座るとされていた由緒ある石。
13世紀にエドワード1世によってイングランドに持ち去られていましたが、1996年にスコットランドに返還されて以来、ここエディンバラ城の王宮・クラウンルームに保管されています。

撮影は禁止されていたので写真はとれなかったのですが、1メートル以上はあろうかという大きな直方体のような形の椅子で、白っぽい綺麗な石でした。
石の中に小さな結晶がキラキラと輝いていたのが印象的で、まさに「運命の石」という感じ。

下の写真は、城の北側・新市街を見下ろすアーガイル砲台。
遠くフォース湾や対岸まで一望できます。

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そして、下の写真は、砲台から北東側を見たところ。
パルテノン神殿調のナショナル・モニュメントや、ウェイヴァリー駅などが見渡せます。
まさしく、「北のアテネ」。いい感じです。

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2004年09月26日

エディンバラー旧市街と新市街

エディンバラ空港から市内、シティセンターへはバスで30分ほどの距離。
初めて見るスコットランドの風景は・・・、なんだかイングランドとは違う!

何が違うかと言えばよくわからないのだけど・・・、とりあえず家のつくりが違いそう。
イングランドはどこまで行ってもレンガ造りの家々が連なっているけど、ここはもっと白っぽい石造りの家が多い。

そして風景も、イングランドよりずっと荒涼としています。
何より、昼なのにとっても寂しげで薄暗い。
やはり、北に来たなあ、という感じがしました。

さらに、気温がかなり寒〜い!
ロンドンとは、ざっと3度くらいは違いそうです。
9月下旬はロンドンだと東京の11月くらいの気候だけど、エディンバラは12月の気候という印象です。
厚手のコートを着てきて良かった・・・。

しばらくは住宅地の町並みが続いたのだけど、中心部に入って急に視界が開けて、絶壁の崖にそびえる巨大な古城が目に飛び込んできました。

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これがエディンバラ城。
あまりの壮厳さに、思わず息をのむ光景です。
これが街の中心にあるのだからスゴイ。
「北のアテネ」と呼ばれるのも納得です。

そして、城の南側に広がるのは、中世の混沌とした町並みを残す旧市街(オールド・タウン)。

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道が狭くて、くねくねと曲がりくねっている上に、坂が多くてけっこう歩きにくいのですが、あたかも「ロード・オブ・ザ・リング」の映画に出てくるような中世の町にタイムスリップしたかのような不思議な錯覚を感じます。

そして、エディンバラ城と、中央駅であるウェイヴァリー駅を挟んで南側には、18世紀になって計画的に作られた新市街(ニュータウン)が広がります。

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こちらは、旧市街とはまったく対照的。
広くて直線的な道路と大きな建物の多い街です。
ニュータウンの建物は、旧市街より白っぽい石造りで、ちょっとパリに似てるかも。

そういえば、スコットランドとフランスは長い間、同盟関係にあったのだそうです。
さしずめ、「敵の敵は味方」といったところでしょうか。

それにしても、なんとまあ18世紀に作られたのにニュータウンとは・・・。
ひるがえって日本では、多摩ニュータウンや千里ニュータウンの老朽化が問題化しているけど、ヨーロッパの古さはやはりケタが違いますね。
まあ、台風や地震が無いからこそ成り立つのだろうけど。

街中では、あちこちでバグパイプが響いて、独特の情緒をかきたてていました。

まだまだいろいろ書きたいのですが、続きは次回に・・・。



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