2005年08月08日

アンネ・フランクの家で考えたこと

アムステルダムでもっとも印象深かった場所は、「アンネの日記」の作者、アンネ・フランクの家です。

アンネ・フランクの家

ここは、ドイツから逃れたアンネ・フランク一家が1944年にゲシュタポに発見されアウシュビッツ強制収容所に送り込まれるまでの2年間を生活した隠れ家。
今では記念館として一般公開され、町の中心のダム広場から程近いこともあって、いつも多くの観光客で賑わっています。
入館料は、7.5ユーロ(約1000円)。

忍者屋敷のような回転式本棚を潜り抜け、まるで迷路のような隠れ家の中を見学することが出来ます。
建物の中は通路が狭い上にくねくねとしていて、全体の構造が分かりづらくなっているので、これならなかなか見つからなそうです。
しかし、ここに息を潜めて暮らしていた一家8人のうち、結局助かったのはアンネの父オットーだけ。
戦後オットーの尽力により出版されたアンネの日記は、世界的ベストセラーになりました。

第二次世界大戦が終結したのはもう60年前のことですが、ナチスの手により約600万人ものユダヤ人が犠牲になったとのこと。
自由を謳歌しているように見える今日のアムステルダムの賑わいを見ると、ここだけまるで異質な空間のように思え、そんなことがあったとは微塵も想像がつきません。

そして、もうひとつ考えたのは、その人種差別による悲劇をもっともよく知っているはずのユダヤ人が、いまやパレスチナ人を殺しまくったり、第二のベルリンの壁とも言われる分離壁(分離フェンス)を彼らを囲い込むように一方的に建設していることです。

よく「幼児虐待の経験を持つ子供は、大人になると必ず子供を虐待する」というけれど、同じようなことは国家レベルでも起こるのだろうか、などと考えたりしました。



posted by fumifumi at 10:50| Comment(16) | TrackBack(0) | ◎世界あちこち旅行記! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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